受け継がれるもの

(株)住まいず 取締役専務 有村 桂子

 

(株)住まいず 取締役専務

有村 桂子

工務店が木の家を建てなくなったのが、住まいず誕生のきっかけ

 

工務店が木の家を建てなくなったのが、まいず誕のきっかけ

家業の山林業・製材業から分離独立し、本腰を入れて鹿児島の木を使った家づくりを始めたのは平成11年(1999)のことです。

建築を始めたきっかけは、いくら良い木を製材しても工務店が使ってくれなくなったから。その当時は新建材と呼ばれる合板や集成材が全盛で、無垢の木を使った家というのは皆無と言っていい状態でした。

主人はあの通り木が大好きな人ですから、世間に木の家がないならひとつ見本をつくってみようということで、ドアも床も全部木でできた家をつくったんです。そこをモデルハウスにしてお客様にアンケートをとったら評判も上々で。ああ、お客様はちゃんと木の良さをわかってくださるんだと嬉しかったですね。

ところがそれでも工務店は木の家をつくろうとしない。業を煮やしてそれならいっそ自分たちでやってみようとなったのが、住まいずの始まりです。

 

10代目から

主人は木の良さ、なかでも地元鹿児島の県産材の良さを広めたいという情熱がとても強く、学校に木造の体育館や教室を増やす活動や、かごしま材を全国に広める運動などに取り組んできました。お隣の国韓国にかごしま材を輸出し、木造住宅を建てていたこともあります。

けれども子供たちに自分のやり方を押し付けることはなく、「自分の道を行きなさい」と言ってきました。中学から親元を離れて全寮制の学校に通わせ、大学は韓国、さらにカナダに留学させるなど、早くから世界の広さを実感できるように仕向けてきました。

それでもまず兄の健弘が「事業をやりたい」と言い出して東京から戻ってきてくれ、続いて弟の康弘も手伝うと言ってくれた時は正直嬉しかったです。

主人が木造住宅に本格的に取り組み出してから10年余り、まだまだ安定期とは言えません。その段階で息子たちに任せることになるので、親としては「苦労させるなあ」という気持ちもありますが、その方がかえって彼らのやりたいようにできるのではないか、どんな会社になっていくのか楽しみという気持ちもあります。ただひとつ守ってほしいのは、お客様の喜びを自分の喜びとすること、そして大きくなくても内容の良い会社にしてほしいということです。私たちの渡したたすきを、しっかりと受け取って走り始めた息子たちを、今度は陰になり日向になって応援したいと思います。

10代目有村吉孝・桂子夫妻が兄弟に送ったはなむけの言葉

10代目有村吉孝・桂子夫妻が兄弟に送ったはなむけの言葉
※文章中にある『チェスト』は、薩摩示現流の気合声のこと

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